墓地や埋葬等に関する法律を覚えておこうブログ:2014/5/08


一昨日、全く連絡のなかった親父から
突然、電話がかかってきた。

電話の向こうから
酔いに任せ怒鳴る親父の声が響いた。
「ママをどこにやった!」

…頭がクラクラする。
立っているのが精一杯で、
ぼくは受話器を握る手に必死の力を込めた。

「知らないものは、知らないとしか言えません。…失礼します」と、
ぼくは事務的に振舞ったが、受話器を持つ手はガタガタと震えていた。

電話を終えた直後、ぼくは激しい嘔吐に襲われた。
溢れ出る涙と、遠い記憶の中でそのままうずくまり、
しばらく立ちあがることができなかった。

家族という枠の中で、
幼いぼくは息をひそめているのが精一杯だった。
死に怯え、生きていることが怖く、
眠れない晩を幾度となく過ごした。

親父とママは20年前に正式に離婚している。
それでも親父は家に出入りしては
ビールを飲んで暴れていた。

10年前からは、ママは心を病んでしまった。
何も手につかないパニック障害とうつ病と診断された。

入退院を繰り返しながら、
現在は病院に隣接する施設にお世話になっている。
長年にわたり溜め込んだストレスに、心も肉体もに疲れている。
ママを親父と会わせる訳にはいかないのだ。

「お前を産むつもりはなかった。
親父に強引にされてできた子どもだ。おろすわけにいかず産んだだけ」
売り言葉に買い言葉で言ったのかもしれないが、
ママが発した一言が今でも忘れられない。

「お前は親父にそっくりだ」とママに言われる度に、
肉体の中に流れる血を全部捨てたい衝動にかられた。

…それでも、
ぼくは、親父の陽に焼けた顔とごつごつした手が誇りで、
ママの歌ってくれる歌が安らぎだった。

そんな日が確かにあって、
今もどこかで親父とママを心から憎むことができないでいる。